ひたちなか市の学習塾・個別指導塾・進学塾 受験予備校常勝の塾長の吉村です。
理科とか社会などで、答えが漢字でもひらがなでも丸にしてもらえる問題がありますけれども、それって不公平だと思いませんか。
なぜかと言うと、漢字で正しい答えが書けた人というのは、誰もが面倒くさい漢字練習をしながら答えを覚えたわけですね。
それに対して、ひらがなでしか答えが書けなかったというのは、音でなんとなくは覚えていたけれども、文字で書くことができなかったわけですよね。
ということは、ひらがなでしか書けない程度の勉強だった人と、漢字で完璧に書けるように一生懸命勉強した人と、テストで言うと点数が同じになってしまうということですよね。
これって、なんだかおかしいと思いませんか。
学校では平等じゃなきゃいけない、不公平はいけない、そんな風に教育されているはずなのに、
テストになると真剣に漢字が書けるように勉強した人と、適当にひらがなかカタカナでなんとなく覚えた人と、同じ点数になってしまうのはおかしいですよね。
どうしてそういうことが起こるかと言うと、実は、同じ点数になったとしても、それは同じ点数ではないのです。
どういうことかと言うと、完全な正しい漢字で書けた人は、正式な得点をした人だということです。 元々、正解は漢字で書くべきなのだから、正しい漢字で答えを書いた人は正式に得点ができたということですね。
でも、本来漢字で書くべきところを、平仮名でしか書けなかった人というのは、実は、正式な得点ではないのです。
一応採点上は丸になっていますけれども、そのマルは「お情け」だということです。
どういうことかと言うと、 小学校の頃から何十回も何百回も何千回も、漢字練習をしなさい漢字を覚えなさいという風に、指導されてきたわけですよね。
にもかかわらず、漢字練習が嫌だ、漢字を覚えるのは嫌だ、という風に、逃げ続けてきた人がいる。
そういう人はどの教科についてもそんな調子ですから、何万回言ったとしても、漢字練習をしないわけです。要するに、努力がしたくないわけですね。
そういう人がテストをやると、そもそも漢字がほとんど書けないわけですから、日本語で答える問題は、全く正解することができなくなってしまう。
それでは0点に近い点数になってしまいますので、ひらがなでしか答えが書けない人も、丸にしてあげているということなわけです。
つまり、可哀想だから丸にしてくれているということですね。同情なわけですね。
そんなふうにお情けでしか丸がもらえない人と、正々堂々と正しい漢字で覚えようと頑張った人の、表面的な点数は同じだとしても、その中身が同じであるはずがありません。
ひらがなで答えようが、漢字で答えようが、点差がつかないような問題は、そういうわけで一見、不公平のように見えますけども、
勉強に取り組んでいる姿勢がテキトーな人と、真剣にやっている人と、日々の勉強でついて行く実力は、どんどん差が開いていく。
だから、 ひらがなで答えようが漢字で答えようが点差がつかないような問題があったとしても、それ以外のところで、実際にはどんどん差が開いていくのです。
そうなることが分かっていますから、だからテストの問題の一部は、「お情け」で丸をつけてあげるなどということが通ってきたわけですね。
そもそもテストの答案というのは、会ったこともない人が採点をしたりするわけです。 ということは、言ってみれば、入社試験の履歴書みたいなものですね。
テストの答案だけで、紙切れ一枚で、あなたの能力を判断しようとするわけですから、その答案が真剣に取り組まれたものなのか、まるで落書きみたいにいい加減でテキトーに書き殴られたものなのか、そういう目でも判定されるわけですよね。
記述式のテストの怖さというのは、マークシートの答えなどに比べて、その情報量が多いということがあるわけですね。
漢字で書かれているのかひらがなで書かれているのか、字が正確に書かれているか間違っているか、乱雑か丁寧か、といったような個人の情報が、詰まっているわけですね。
中学校卒業程度の勉強内容でいいんだという人は、あまりそういったことを考えなくていいのかもしれませんが、
例えば大学に行きたいとか、勉強の能力そのものが問われるようなレベルになりたいのであれば、漢字かひらがなかといったような、そういうことにも気をつけていかなければいけないんだろうと思います。
そもそも、
採点をする人がお情けで嫌な感じをしながら丸にしてあげている状況と、
読みやすい文字で正確な漢字で書かれている答案と、
その内容が全く違うわけですね。
こういうことは、高校生になってから修正すると言ってもかなり難しいですから、遅くとも中学生のうちに、できれば小学生のできるだけ早い段階で、指導していくことが大切だと思います。