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サムライ昇龍

自己流の勉強を続けているとどうなるか

塾長は、成果が出ない最大の要因は能力の欠如ではなく、自分のやり方に固執する「自己流」にあると厳しく断じています。


1. 努力が報われない最大の原因

  • 努力の方向音痴: どれほど長時間勉強しても、やり方が「自己流」である限り、合格という目的地には辿り着けません。間違った地図を持って全力疾走しているような状態であると警告しています。

  • 「頑張っている」という免罪符: 「自分なりに頑張った」という主観的な満足感が、改善の機会を奪い、不合格への道を加速させます。

2. 「わかった」と「できる」を混同する

  • 再現性の欠如: 自己流の生徒は、解説を読んで理解しただけで「次もできる」と錯覚します。しかし、常勝流の基準である「1秒の迷いもなく解ける」レベルには達していないため、本番で必ず崩れます。

  • 反復の軽視: 自分が「もういいだろう」と判断する回数で止めてしまう。プロが「6回以上」と言うのには明確な根拠があるのに、それを自分の判断で削るのが自己流の恐ろしさです。

3. 性格(素直さ)が合否を分ける

  • 頑固さはリスク: 成績が上がらない生徒ほど、プロのアドバイスに対して「でも」「だって」と言い訳をし、自分の楽なやり方に逃げようとします。

  • 素直な人が勝つ: 偏差値を劇的に上げる生徒は、自分のプライドを捨ててプロの型(常勝流)に自分を100%はめ込むことができます。この「素直さ」こそが最大の才能であると説いています。

4. 結論:自己流の末路は「限界の露呈」

  • 伸び止まり: 自己流で通用するのはせいぜい平均レベルまでです。水戸一高などのトップ校を目指すなら、今の自分を一度壊してでも、高い基準の型に入れ替える必要があります。

  • プロに自分を預けよ: 成功したいのであれば、「今の自分の考え」を捨てなさい。合格という結果を100%出すために、常勝の戦略を無条件で実行することだけが、自己流という泥沼から抜け出す唯一の方法であるという内容です。


一言でまとめると:自己流は『最短で不合格になるための方法』である。今の自分を維持したまま結果だけを変えることは不可能。プライドと言い訳を捨て、プロが提示する『型』に自分を無条件で適応させる『素直さ』こそが、逆転合格への絶対条件である」という、非常に厳しい、しかし本質を突いたメッセージです。


ひたちなか市の個別指導塾・進学塾・学習塾 受験予備校常勝の塾長の吉村です。

自己流の勉強を続けているとどうなるかということですが、 中学生の頃の私は誰の指導も受けずに自己流の勉強方法を模索していました 。当時はインターネットやスマホなどというものがない時代ですから、本屋さんに行って、親にもらったお小遣いの 小銭を握りしめて本屋さんで片っ端から立ち読みして品定めしては、勉強のやり方について書かれた 本などを片っ端から読み漁り、自分を実験台にして ああすればいいかなこうすればいいかなと試行錯誤を繰り返していました。

 

その結果どうなったかというと、ものすごい遠回りをしてしまいました。

 

テストの点数は取れましたが、能率や効率が最高に悪い勉強になってしまいました。

 

その結果、視力がどんどん落ちていき、近眼と乱視が混ざった状態で 中3の頃には 視力が0.1もない 瓶底眼鏡をかけて 教室の一番前でもよく見えないほど 視力が悪くなってしまいました。

 

視力0.1未満の視力と言うと どんな感じかと言うと、朝目が覚めると目を開けても ぼんやりして何も形が見えないのです。 目が覚めて片手を目の前に持ってきても、指が5本あるかどうかがわからないほどなのです。

 

グローブみたいに全部繋がったぼわっとした茶色っぽいものが見えるだけだったのです。そんなわけですから まずは目が覚めると ベッドの脇に置いてあるメガネを手探りで探しだし、それを完全に感覚だけで目のところに納めるわけです。 言ってみれば障がい者の寸前だったと思います。 いやもしかすると申請すれば障がい者の認定を受けられたかもしれません。 それほど視力が低下してしまった。

 

そんな野蛮な勉強を激しくしていました。

 

中学校の先生が 毎日生徒に暴力をふるい、優等生だった私でさえ毎日のように耳をぐりぐりと引っ張られたりビンタされたりしていた野蛮な時代です。 中学校の先生が竹刀を持って校内を巡回しているような そういう時代ですから、 生徒の方も野蛮だったと言えるかもしれません。 私の場合はたまたま優等生でしたので 、当時の そういう暴力的な側面が 物質的な暴力ではなくて 勉強のやり方に向かったのです。自分に対する暴力ですね。 そういう極端な 暴力的な勉強によって 、私は自分の手の指の本数が数えられないほどに 視力を悪化させてしまったのです。

 

ゆとり教育以降、それほどの激しい勉強をするような人はいなくいなくなってしまったのでしょうが 、受験勉強などというものは睡眠時間四時間未満に削って「寝ないで」勉強するものだ、ということがまことしやかに言われた時代ですから、 当時は私のような極端な人もいたのです。

 

それほどに目が悪くなってしまったのに分厚いレンズの瓶底眼鏡をかけて勉強するとどうなるかというと、 頭痛はするわ肩こりはするわ、 壮絶な状況になります。 それでも大学受験、 就職試験と、なんとか頑張りました。

 

でもずっと花粉症でしたので コンタクトレンズをつけることもできず、 杉の花粉が飛び散る 頃には特に 悲惨な状況でした。目、鼻、口、顔全部がドロドロになって喉もやられてしまい、思考力も無くなってしまう程に重症の花粉症患者でした。あまりにひどい花粉症でパニックになったことがありました。後になって思えば、強いアレルギーになってしまったのは、壮絶な頑張りの結果だったのかもしれません。

 

それほど頑張ったので 競争倍率100倍ぐらいというほどの 日本三大新聞社の入社試験 を突破することができました。 毎日新聞社はパレスサイドビルという建物の中に ありますけれども その地下に 耳鼻科があって、 その耳鼻科にかかったところなんと一発でひどい花粉症の症状が止まったのです。 後になって考えれば単に強い薬を処方したということなのでしょうけれども 、それまで何年間もの間、花粉症に苦しめられていた私は衝撃を受けました 。今までの学生時代の「あの苦しみ」はいったいなんだったんだろう? 今までの耳鼻科の処方はいったいなんだったんだろう? 何のために花粉症の季節になるたびに苦しんだんだろう? 怒りを 覚えました。

 

そして、自分で稼いだ給料で 目の手術も受けました 。目玉と頭蓋骨の隙間に太い注射針を何回も突き刺して目玉が動かないように麻酔を打って、 角膜にメスで放射状の切り込みを入れるのです。 ラジアルケラトトミー という名前の、 当時のソ連にルーツを持つ特殊な手術でした。 その技術を持ったお医者さんは群馬県にしかいませんでしたので 、そのお医者さんを遥々訪ねて行って、 お願いしました。

 

その結果どうなったかと言うと、なんと視力が1.0に回復したのです。 20代の頃ですので、あれから随分年月が流れましたけれども、今でもメガネをかけなくても運転免許が取れるほどの視力をキープしています。 そういうわけですからものすごい技術を持ったお医者さん だったわけです。

 

その後レーザー技術を応用した 近眼の治療手術が流行ったようですけれども、 私が受けた近眼手術はレーザーではなくメスで角膜の表面に切り込みを入れるという職人技でした。 ですからその先生以外、できる人がいなかったのです。究極の個人技だったわけです。

 

そういう経験はほかにも、塾長になってから脱腸になってしまい、 脱腸の手術に失敗、次に手術してまた失敗 、そして3度目の手術でようやく治してもらった、 そういう経験があります。だから 医者といってもその技術にはものすごいレベルの差があるのだということが、 体験的に分かりました。 要するに医者というのは一種の職人なんですね。

 

幸いにして花粉症治療も近眼手術も脱腸の手術も、どれも命に別状があるような手術ではありませんので 、同じ医者といっても「その技術にはものすごいレベルの差があるということ」を 経験するために 受けたようなものです。

 

もう20年ぐらい塾長の仕事を続けていますけれども (学生時代のアルバイトの時代も含めれば 25年ぐらいになりますけれども )、新聞社の社員とか公務員の時代がありますからそのぐらいですが、 塾の仕事を長年やってきて結局、塾と名がつくところは 免許が必要なしで 開業できる仕事ですから ピンキリなわけです。

 

命をかけるような覚悟でこの仕事をやってきましたので、自分の指導に 「サムライ昇龍」という 名前をつけたわけですが、 近眼手術の日本で唯一の特殊技術をもった医者とか、他人の内臓を移植してしまうような技術をもったブラックジャックみたいな外科医とか、 一瞬で長年のアレルギーを解決してしまった耳鼻科医とか、そういう人に出会いましたので、勉強の面で、自分も 「そういう人」でありたいと思います。

 

最近の心理学などの研究成果で 昔のような野蛮な勉強は否定されていますので、 昔の自分がやったような 能率効率が悪い勉強は、今の子供は全くやる必要がありません。 もっと楽にもっとスマートに 目標達成できるのです。

 

今の子どもには学生時代の自分のような悲惨な思いをしないで済むように、自分の経験すべてを生かして、ベストな指導ができればいいな、と思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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