ひたちなか市の学習塾・進学塾・個別指導塾 受験予備校常勝の吉村仁です。
国語の読解が得意になるにはどうすればいいのか?
と言うと、
本をたくさん読めばいいんだという風に考える人が多いようですけれども、
そういう人に聞くと、本をたくさんというのは10冊ぐらいのイメージのようですね。
残念ですが、その程度では、本をたくさん読んでも読解力がつくとは言えないと思います。
水戸一高の OB に立花隆先生という、日本で屈指のレベルの評論家がいらっしゃいますが、その立花先生がおっしゃるには、
そこそこの本を書きたければ、そのネタになる本を100冊読むとまあまあで、本当にこの本は良い本だなぁというようないわゆる良書を書きたければ、1000冊以上は読まないと書けない
とのことです。
これは大人の例ですけれども、本をたくさん読めば読解力はつくという話は、頭の中に膨大な言葉のデータベースが作られて、それらがカオスのような状態で混ざり合っている、という前提の上で、読んだ本に対して自分なりに思索を重ねる、といったことで読解力がついていく、そういうことだと思います。
こういう読み方は速読というような、膨大な情報量を短時間で大量に処理する、言ってみれば上級編の読み方ということになると思いますが、
その正反対の精読、つまり徹底的に一文字レベルまで読み込んでいくこと、そういうことをやってあるという前提でなければ、ただの適当な読み方に終わるだけですよね。
順序からいえば、まずは一文字レベルまで一字一句丁寧に読み込んでいくこと、それらを納得がいくまで徹底的に解釈をしていくこと、そういうことをやってあるかどうかということが、基礎になるのだと思います。
まずはそういう、いわゆる精読を前提とした上で、上級編の人にとっては膨大な情報量を短時間で大量に処理する、速読とか多読が、威力を発揮するという話だと思います。
国語に限りませんが、
適当なことをどれだけやったとしても、適当な結果が生まれるだけのことで、
適当な読み方をどれだけ積み重ねても、大した結果にはならないというのがオチでしょう。
そういうわけですから、本をたくさん読んでいるほど時間に余裕がある、暇な人はいいですけれども、テストや受験の時間に追われているような受験生の場合は、
本をたくさん読んでいる時間があるのであれば、その時間を、例えばテストで正解できなかった読解の問題を徹底的に読み解いていく、といったことに 向けた方が、よっぽど力はつくでしょうね。
というわけで、本をたくさん読めば読解力はつくんじゃないか?と言う人には、
「その沢山って、まさか10冊とかそんな程度じゃないですよね?」
と、質問したくなります。
本をたくさん読む、とかいうのは、100冊でまあまあ、1000冊でやっとスバラシイ。というような、桁違いのことなんじゃないかなと思います。
そんなことを考えるよりも、たった1問の読解問題を、徹底的に読み解いていく。
その方が、圧倒的に効果的だと思います。