ひたちなか市の進学塾・学習塾
受験予備校常勝の塾長の吉村です。
幼い頃からデブ。
だから、走ればビリ。
逆上がりもできない。
なかなか覚えられなくて、
九九を泣きながら練習し、
漢字も大嫌いで、
字も下手で、
テストもバツばかり。
塾長が子供の頃は
劣等感の塊でした。
だから、
自信がない子の気持ちが、
すごく分かる。
まぐれで学年2位になってしまった後も、
どんなに良い成績を出しても、
なかなか自信が持てなかった。
それが何故なのか
今は よく分かる。
親からダメ出し・禁止ばかりされる。
それは躾けとして仕方がないのだが、
その過程で、
親の劣等感が 移植される。
いや、増幅される。
その上、学校でも
ダメ出し・禁止ばかりされる。
同級生も、否定ばかりする。
誰も彼もが、
足を引っ張ろうとする人ばかり。
肯定的なことを言う人など、
ほとんどいない。
否定的な人間ばかり。
それでも、
勉強を頑張った。
それ「だけ」が、
劣等感の海から脱出するための
唯一のチャンスなのだと信じたからだ。
1位になってやる。
そう決意しても、
劣等感はなかなか消えない。
内なる劣等感に勝つ方法を
誰も教えてくれないので、
自分で必死に模索した。
そして、当時の自分が得た結論は
自己暗示
自己洗脳
だった。
自分で自分を
鼓舞する。
念仏のように、
「自分は頭がいい」
「自分は1位になれる」
「自分は水戸一高に合格できる」
「自分はライバルに勝てる」
「自分は優秀だ」
と、自分を説得し続けた。
最大のライバルは、
自分の弱気
劣等感
だった。
家庭環境と
時代背景があったのだと思うが、
自分を奮い立たせること
が、一番難しかった。
勉強しても
頑張っても
弱気や劣等感が消えない。
それとの格闘の日々だった。
最近の子どもは、
当時の塾長のような家庭環境ではないし、
時代背景も違うし、
最近の子どもの目からは、
誰一人、そんなに頑張っていないように見える
だろうと思う。
だから、
当時の塾長のような強烈な劣等感は
最近の子どもには
無いように思う。
むしろ自信過剰な子どもが増えて、
羨ましく思う。
もともと自信があるのなら、
そのままやればいい。
でも、何かの事情で、
昔の塾長のように、
劣等感を持ってしまった子どももいると思う。
それを克服するには、
自己暗示
自己洗脳
がいい。
他人に関係なく、
自分で自分に火を着け、
自分で自分を奮い立たせ、
自分で自分を鼓舞するのだ。
自分にできないわけがない。
自分こそがそれにふさわしい。
でも、自分では
なかなかできない人には、
塾長が、コーチになれると思う。