馬鹿は死ななきゃ治らない

ひたちなか市と那珂市の学習塾・進学塾・個別指導塾

受験予備校常勝の吉村仁です。

 

馬鹿は死ななきゃ治らない。

 

昔、そういう言葉を聞いたことがあります。

 

浪曲のような声の、

馬鹿は死ななきゃ~治らな~い~♪ベベベン

というセリフが。

耳に残っています。

 

子どもの頃に成績が悪かった人は

やっぱり、大人になっても

成績が悪い。

 

三つ子の魂 百までも

 

も、似たような言葉ですね。

 

言葉は、価値観。

 

そういう価値観・考え方が、

昔からありますね。

 

でも、

最近の脳の研究では、

どうやら「違う」らしいのです。

 

私は脳の研究者ではないし、

医学者でも心理学者でもありませんが、

まあ、本やテレビのドキュメンタリーなど、

最近の情報では、

 

脳には可塑性がある

 

と、言われていますね。

 

可塑性

つまり、変化して、

しかもその変化には持続性がある、

ということですね。

 

脳は固定では無くて、

何歳になっても

変化して、

しかもその変化には持続性がある、

ということは、

 

馬鹿は治る可能性がある

 

利口がバカになる可能性もある

 

という、ことで、

 

これは、

死ななくてもバカは治る

という、ことですね。

 

 

そもそも、

バカって、

脳の中の情報ネットワークが

いわゆる利口とは違う、

ということなので、

 

精神薄弱者などの器質的な問題でない限りは、

 

脳の中の情報ネットワークを

再構築することができれば、

 

馬鹿が利口に変われる

 

のでしょう。

 

 

死ななくてもバカは治る

という、

脳の可塑性の発見は、

将来、

バーチャルリアリティの技術などによって、

 

バカを治す 治療

 

に、発展するのかもしれません。

 

 

そうなると、

地球上から

バカがいなくなる???

 

・・・いや、

どれだけ研究が進んで技術が進歩しても、

そういう未来は

永遠に来ないでしょう。

 

なぜかというと、

たとえば、

バーチャルリアリティなどの技術を使うということは、

お金・コストがかかるから です。

 

 

人間はパソコンではないので、

USBケーブルを差し込んでデータ転送!

・・・とは、なりません。

 

脳の中のデータを書き換えるのは、

低コストでは、

無理でしょう。

 

バカな脳の中のデータを書き換えるには、

金がかかる。

 

それが 技術的には

できるようになったとしても。

タダでは、できない。

 

ということは、

バカな脳を利口な脳に書き換える

費用負担ができる人だけ、

その技術を利用できる、

という、

格差が生まれるのでしょうね。

 

 

もっともっと遥かな未来ならば、

SDカードの交換みたいに

簡単に 誰でも

脳のデータを入れ替える

ということが

できる未来が来るのかもしれませんが、

 

まあ、そうなるには、

経済的な問題、

費用対効果

が、大問題になるでしょうね。

 

・・・ということは、

そういう未来は 永遠に 来ない。

かも。

 

 

バカは死ななくても治せる

けれども

バカを治す経済合理性が無い

ということ でしょうか。

 

 

ハリウッド映画のテーマみたいですね。

 

 

でも。

 

毎日、小学生や中学生に接する仕事をしているので、

「バカは治る」

という発見は、

かなりの希望になります。

 

別に、

高額なバーチャルリアリティの装置を用意しなくても、

リアルな指導によって、

格安な費用負担で、

バカは治せる

と、思っています。

 

なぜかというと、

 

赤ちゃんの脳は真っ白で、

フォーマットされたSDカードみたいな状態らしく、

とすれば、そこに書き込まれたデータは、

まだ 少ないからです。

 

言ってみれば、

誰でも、

脳が空っぽに近い ならば

最初はバカなわけで、

それが 教育によって、

利口になっていくのだから、

再教育すれば、

バカが利口になれる、

ということで、

それって、

教育そのもの ですよね。

 

誰でも、

一人ではウンチもできない状態から

読み書き計算ができるようになる、

ということは、

誰でも、

バカが治って利口になっていく

ということなわけだから。

 

 

ところで、

利口って、何?

かというと、

 

脳内に蓄積・構築された

データ・ネットワーク・プログラムによって、

判断や行動ができる

ということ

なのでしょうから、

 

情報のインプット

つまり 教えてもらうこと

学ぶこと

「だけ」では、

判断や行動は変わらないから、

バカのまま、

と、なるのでしょうか。

 

判断や行動

つまり アウトプットすることでしか、

利口な状態には なりえない。

 

閉じられたままの百科事典とか

電源が入っていないハードディスクとか

止まっているDVDとか

それって、

何も書いていない本とか

フォーマットされたハードディスクとか

記録されていないDVDとか

と、

同じ状況なのかもしれません。

 

利口とか馬鹿とかって、

脳内のデータそのものではなくて、

それが表現されたもの

アウトプットされたもの

なのかもしれませんね。

 

アウトプット。

表現。

それが無いと、

外部からの評価も無い。

 

 

勉強するって

具体的な行動と、

その表現、

が無ければ、

利口も馬鹿も評価のしようがない

ですね。

 

 

脳みそをCTスキャナーやMRIで見ても

分かりませんからね。

 

 

アウトプット。

表現。

を、

受験予備校常勝では、

重視した指導を 続けています。

 

 

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